大粒ダイヤがすべての女性を魅了♡ハリーウィンストンの歴史まとめ

ハイジュエリー、ハリーウィンストン。ハリーウィンストンの婚約指輪を選ぶ芸能人も多い、人気のブランドです。ハリーウィンストンの創業からの歴史と、人気の理由などを調べてみました。マリーアントワネットと「呪いのダイヤ」との関わりって・・・?タイタニックでの青いダイヤモンドのモデルもハリーウィンストンと関係しているのです!ハリーウィンストンに憧れるプレ花嫁さん、一緒にお勉強しましょう!

2016.4.20 公開 2018.7.30 更新 婚約指輪・結婚指輪
この記事を書いた先輩花嫁
miki

BLESS編集部、編集者兼ライター。日本の結婚式を、伝統は守りつつ、新しく。ワクワクドキドキな結婚式への準備をお手伝いします!

世界5大ジュエラー、ハリーウィンストン

ハリーウィンストンと言えば、大きなダイヤモンドを大胆にセットするデザインが人気のブランド。
芸能人の婚約指輪として選ばれることが多々あり、日本でもよく耳にするようになりました。
ハリーウィンストンとは、実際どんなブランドなのでしょうか?
「呪いのダイヤ」との関わりは・・・?
歴史と人気の理由を探りました!
ハイブランド、ハリーウィンストンのお勉強してみましょう♪

小さな宝石店の子から「キング・オブ・ダイヤモンド」へ

小さな宝石店の子として生まれたハリー・ウィンストン少年。
15歳で学業を終了し、父親が経営するロサンゼルスの宝石店で働き始めます。
そして1920年、ニューヨークに前身となるプレミア・ダイヤモンド社を設立。
1932年、プレミア・ダイヤモンド社を閉鎖したハリーは、デザインから製作、販売までを担う自身の名前をつけたブランド、ハリー・ウィンストンを設立します。

リメイクで成功への道へ

第一次世界大戦後、ヨーロッパ貴族が資金集めのために売り出したジュエリーを購入していきます。
貴族の持つジュエリーは価値のあるものですが、先祖代々伝わるような古いものが多かったため、それを当時の流行に合わせてリメイクし、価値を付けて売却する手法でビジネスを成功させます。
そして世界の上流階級層が所有する宝飾品を取り扱う宝石商への道を進んでいくのです。
創始者のハリー・ウィンストンは生涯をかけてダイヤモンドを愛し、まばゆいきらめきを芸術品へとし、ジュエリーデザイン界に大革命を起こしました。
世界で最も素晴らしい貴重な宝石を選び抜き世に送り出すことにかけて他に類を見ない才能と情熱により、「キング・オブ・ダイヤモンド」と称されました。

幼少期から宝石選定の目が肥えていたハリーウィンストン

小さな宝石店の息子として育ったハリー・ウィンストンは、幼い頃から宝石の質を判断する審美眼と鋭い洞察力を持っていたそうです。
そんな彼を象徴する少年時代のエピーソードは、

生まれながらの宝石の天才は貴石への情熱を求め続け、12歳の時、通りがかった質屋のトレイで緑色の石に心を奪われたハリーは、その石を25セントで購入。

家に帰り、父親に見せると本物のエメラルドであることがわかり、2日後に800ドルで売却されたという。

宝石店の息子といえ若干12歳のハリー少年がすでに選定する鋭い目を持っていたとは、天才と呼べる人材ですね。

「呪いのダイヤ」ホープダイヤモンドとの出逢い

歴史的に価値のある有名な宝石の1/3がハリーの手に渡ったと言われ、なかでも有名なのが、45.52カラットの「ホープ・ダイヤモンド」です。
このダイヤモンドは「呪いのダイヤ」と呼ばれるほど、逸話がたくさんあるダイヤモンド。
譲り受けた場合や横領や窃盗で手に渡る王室、一家、泥棒などには、直接関係性のない理由での自殺・処刑・病死者がたくさん出ています。

農夫の殺害から、フランス革命も引き起こす

9世紀頃、インド南部のデカン高原にあるコーラルという町を流れる川で農夫により発見され、ペルシア軍がその石を奪うため農夫を殺害したことから「呪い」は始まっているようです。
フランスに渡ったダイヤモンドは、「王冠の青」、「フランスの青(フレンチ・ブルー)」「ブルーダイヤモンド」と呼ばれ、愛されました。
ルイ14世が宝石を入手し、ハート型にカットした頃からフランスの衰退の一端の兆しが現れ始め、ルイ14世以降のフランス経済は停滞し、フランス革命の原因ともなっていると言われています。

マリーアントワネットも呪いに?

ダイヤの持ち主となったルイ16世と王妃マリー・アントワネットは、そろってフランス革命で処刑されます。
マリー・アントワネットの可愛がっていたランバル公妃は、このダイヤを度々借りており、ランバル公妃も革命軍によって惨殺されていします。

1824年にはヘンリー・フィリップ・ホープの宝石コレクションとして持たれていました。この頃からホープ・ダイヤモンドと呼ばれるようになったそうです。
ホープはダイヤを買った数年後に破産、死亡しました。
しかし、一族はこのダイヤを手放さず、ホープ家は4代に渡ってダイヤを所有、そして富豪だった一族は地に落ちました。

ホープ家の崩壊後、フランス人の宝石ブローカーが購入しますが発狂して自殺。
パリの劇場の女優が買い取った時には、舞台上で愛人に射殺され、その愛人も革命家に殺されることとなります。
ギリシア人の宝石ブローカーに渡った時には家族全員が死亡する自動車事故に遭ったそうです。
そして窃盗団が、身元が判明しないようダイヤモンドをカッティングして形を変えた後でも「呪いのダイヤ」の不幸は続いていくのです。

「呪いのダイヤ」、大きさの変化

世界中を旅した宝石だけあって、その大きさはころころと変わっています。

  • 112.50カラット―ルイ14世購入時
  • 69.03カラット―14世がハート型にカットさせた為
  • 44.52カラット―今に伝わる大きさ。どの時点でカットされたかは不明。

ルイ14世がカットさせた前後で大きさが約半分になった為、「本当はもう1個あるのではないか」と噂されているそうです。

タイタニックの宝石はホープダイヤモンドがモデル

有名な映画、「タイタニック」でケイト・ウィンスレットが身に着けていたのは、このホープ・ダイヤモンドをモデルとしたものです。

「ルイ16世が所有していたブルー・ダイヤモンドで、かつてフランス革命当時ルイ16世が首からぶらさげていたものを、彼が処刑されたときに、首と一緒に取り外され、それは後にハート型に形を変え、今では”碧洋のハート”と呼ばれる大きなダイヤモンドとなった」

と映画の中で説明がありますが、実際タイタニックが沈没した際にホープ・ダイヤモンドがあったという事実はありません。
黒い噂が絶えず、さらに魅力的に感じさせるこのダイヤモンドをモデルにして、監督はタイタニックの沈没に繋げたかったかも知れません。
映画の最後には、ケイトの婚約者が港で何かを探し回るシーンがあります。それはケイトの無事を確認するためではなく、第一にダイヤモンドのありかを探していたという、ダイヤモンドが高価で希少過ぎて、人を狂わす魅力があったということが感じられる印象的なシーンでした。

ハリーウィンストンは呪いを一切気にしなかった!

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ハリーウィンストンはまったく呪いを信じず、ジョークのネタにしていたようです。

ウィンストン夫妻は共に遠出をすることになるが、ちょっとした予定が狂い、妻のみが別の旅客機に移動した。妻がキャンセルした席、つまりウィンストンの隣の座席に代わりに乗ってきた男は、安心したように隣のウィンストンに話しかけてきた。

「実は、私が乗った旅客機に、あのホープダイヤの持ち主であるハリーウィンストンの妻が乗り合わせていると聞いたのでね。慌てて便の変更をしたってわけですよ…いやまったく、この席がキャンセルで空いてくれて本当に良かった。これで安心ですな」

ウィンストンは笑って「それはそれは」と答え、ホープが入ったトランクを撫でたのみだったが、飛行が終わり席を立つ際、名前を明かし相手を大変驚かせたという。

1668年よりフランス王室が所有し、代々受け継がれてきたことから「フレンチブルー」と呼ばれたホープ・ダイヤモンドは、数々の神秘的な伝説を持ち、そのストーリーも宝石の魅力を高めています。
1949年に、このダイヤモンドを手に入れたハリーウィンストンはその後、アメリカ国民への贈り物としてホープ・ダイヤモンドを、ワシントンD.C.のスミソニアン研究機構に寄贈します。
スミソニアン博物館への寄贈は厳重な警備の中ではなく、2ドル44セントの普通郵便での配達が行われました。
以来、毎年約700万人以上が訪れるという見学者に、変わらぬ輝きを見せているとのことです。


TOP画像出典: www.weddingnews.jp